仕事は与えられるもの。

決められた内容をこなすもの。

そう思っている人も多いかもしれません。

一方で、私たちの働き方は、多様になってきています。

この1年は、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、という流れもあいまって、テレワークが進み、時間や場所を選ばずに仕事ができるようになってきました。

生活空間に「仕事をする」という時間や場所が流れ込んでオンとオフの切り替えが難しくなった、という面もあります。

もともと推進されていた働き方改革の流れもあり、会社に所属していながら、兼業や副業が認められたり、フリーランスという働き方を選択する人も増えてきています。

本業を持ちながら、第二のキャリアを築いていくパラレルキャリアにも注目があたっています。

私は、これからの働き方のキーワードのひとつに「自律」があると考えています。

人生100年時代。

20歳前後に働き始めたら、60歳にはひとつの会社を勤め上げてリタイアする、という時代から変わって、これから定年もぐんぐん延びていきそうです。

これまで以上に長くなるキャリアを、自分自身で描いていく必要が出てきています。

と言っても、あまり難しく考える必要はなく、自分はどんなことを「面白い」と感じるのか、仕事の中のどの瞬間に「楽しさ」や「やりがい」を感じているのか、そのひとつひとつを確かめて、自分でも、そんな瞬間を増やすように工夫をしていく、そんなイメージです。

 

ここに、2001年に米イェール大学経営大学院のエイミー・レズネスキー教授とミシガン大学のジェーン・E・ダットン教授が提唱したジョブ・クラフティングの考え方が活用できるのではないかと思っています。

ジョブ・クラフティングは、働く人が、組織から与えられた役割をこなすだけでなく、主体的に自分の仕事に工夫を加えていくことで、働きがいを得ていく方法です。

「クラフティング」という名前は、「職人」を意味するcraftsmanからきているようですが、職人のように自律性と誇りをもって仕事をする、という意味だけでなく、彫刻家が木から形を彫り出すように、仕事を自らの手で形づくっていくという意味もあるのではないかと思います。

 

ジョブ・クラフティングでは、「仕事や役割に対する捉え方」、「仕事の進め方」、「対人関係の量や質」の3つの観点から仕事に工夫を加えたり、見直していきます。

ショッピングモールの駐車場に現れた「踊る警備員」が話題になったのを覚えているでしょうか。

Youtubeなどで検索すると、動画がすぐに見つかるかと思います。

その名前のとおり、駐車場で、踊りながら右へ左へと車を誘導していく警備員です。

なかなかにキレのある動きをしています。

私は、彼がまさにジョブ・クラフティングを体現している!と思っているので、彼を例に、3つの工夫を説明していきたいと思います。

彼の場合は、まずは「仕事の進め方」に自分の好きで得意なダンスを取り入れました。

ただの自己満足ではなく、大きな動きをすることで、誘導が一層わかりやすくなり、本来の役割を果たすうえでのパフォーマンスも上がっています。

それだけではなく、ショッピングモールを訪れるお客さんからすると、面白い、楽しい気分にさせてくれるパフォーマンスでもあります。

彼にとって、仕事は、単に「警備」や「誘導」することだけではなく、「ショッピングモールに来るお客さんを出迎えて楽しませる、気分を盛り上げる」ものである、と「仕事や役割に対する捉え方」も変わっていきます。

彼のパフォーマンスを見て面白いと思ったお客さんが声をかけたり、写真や動画を撮ったり、ただ警備や誘導をしていただけでは起こらなかった交流が生まれ、「対人関係の量や質」が変化していきます。

「キレのあるダンスだね!」

「どこで覚えたの?」

「家で子どもが真似してるよ」

 

こんな風に声をかけられることが増えると、1日誰とも口をきかずに立っているよりも、仕事が何倍も面白く感じられるかもしれません。

この例の凄いところは、「あのショッピングモールには面白い警備員がいる」と話題になって、口コミが広がったり、テレビで取り上げられたりしたことで、ショッピングモールを訪れる人が増えて、モール全体の売り上げまで上がったことです。

目の前の仕事にひと工夫加えてみると、思わぬ変化まで起こるかもしれません。

紹介した例では、「仕事の進め方」にダンスという工夫を加えるところから始まりましたが、まずは、「仕事や役割に対する捉え方」を見直すことで、他の2つにも工夫が加えやすくなります。

目の前の仕事が、一見小さいことだったりつまらないことのように見えたとしても、その仕事は、誰かの笑顔や、役に立ったり助けになったりする瞬間につながっているはずです。

そのつながりを思い描いてみると、捉え方が広がっていきます。

そのうえで、「仕事の進め方」には、前例に捉われず、新しいやり方を取り入れることで、やりがいや面白さが出てきます。

警備員の方がダンスを取り入れたように、自分の「好き」や「得意」を活かせないかと考えてみると、新しいアイディアが湧いてきます。

「対人交流の量や質」は、上の2つに変化が起きると、声をかけられたり、ポジティブなフィードバックをもらえる機会が自然と増えていくのですが、ここから変えていくとすれば、上司や同僚、顧客など普段かかわっている人たちとのかかわり方や範囲を変えてみることから始めるといいかもしれません。

例えば、ちょっとしたことでも、先輩や同僚に「頼ってみる」、「教えてもらう」、誰かとやりとりがあるときには一言仕事以外の話題のメッセージを添える、こういったことから、お互いにサポートし合える関係づくりや前向きになれるきっかけができていきます。

自律的な働き方が求められてくる。

働く期間が長くなるにつれて自分でキャリアを設計する必要がある。

そう聞くと難しく考えがちですが、自分が日々のどんな瞬間に働きがいや喜び、面白さを感じるのか、そこにヒントがあるはずです。

間もなく、桜の季節がやってきて新しい年度を迎えます。

目の前の仕事にひと工夫、試してみませんか。

 

【参考文献】

WRZESNIEWSKI, A. and J. E. DUTTON. (2001) Crafting a Job: Revisioning Employees as Active Crafters of Their Work. Academy of Management Review, 26(2):179–201.

執筆

博士(心理学),臨床心理士,公認心理師

関屋 裕希(せきや ゆき)

 

1985年福岡県生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、筑波大学大学院人間総合科学研究科にて博士課程を修了。東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野に就職し、研究員として、労働者から小さい子をもつ母親、ベトナムの看護師まで、幅広い対象に合わせて、ストレスマネジメントプログラムの開発と効果検討研究に携わる。 現在は「デザイン×心理学」など、心理学の可能性を模索中。ここ数年の取組みの中心は、「ネガティブ感情を味方につける」、これから数年は「自分や他者を責める以外の方法でモチベートする」に取り組みたいと考えている。 中小企業から大手企業、自治体、学会でのシンポジウムなど、これまでの講演・研修、コンサルティングの実績は、10,000名以上。著書に『感情の問題地図』(技術評論社)など。

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