なくなって初めて、その存在に気づく、ということは多いものです。

この1年は、新型コロナウイルスの影響に対応するために、オフラインからオンラインへの移行が進んだ1年でした。

これまで、当たり前のように、毎日顔を合わせたり、直接話をしたり、一緒に食事をしたりしていた生活から、オンラインでの会議や面談が増えました。

年に1度、学生時代の友人と、前の年の振り返りと新たな1年のことを考える会をやっているのですが、2年連続オンラインでの開催となりました。

試行錯誤しながらも、新しいやり方に慣れていく中で気づいたのは、視覚・聴覚以外の感覚の存在の大きさです。

これまでは、見たり読んだり聞いたりといった、視覚や聴覚からの情報がインプットのほとんどのように感じていました。

けれど、オンラインで面談をしてみると、これまでより判断に迷う場面の多いこと……。

オフラインに比べて、オンラインの場合は、画像の不鮮明さなどから表情がいつものように読み取れない、といった視覚情報の質量の差もあると思いますが、それだけではないと感じています。

部屋に入ってきたときの空気感や、相手の動きから感じられる気配。

感覚でいうと、触覚、いわゆる皮膚からも情報を得ていたのだということを痛感しています。

 

11月に娘を出産して、新生児との生活を初めて経験したのですが、彼女を見ていても「肌で感じる」情報の多さを実感します。

生まれたばかりの新生児は遠視の状態なので、視力は0.01~0.02程度で、認識できる色も、黒・白・グレーと限られており、ぼんやりとしたモノトーンの世界にいると言われています。

聴覚も、音は聞こえているものの、話している内容(つまり言語的な情報)の理解はまだ出来ません。

けれど、私が近くにいるかどうか、穏やかな気持ちでいるかどうか、敏感に察知している様子がうかがえます。

その様子を見ていると、私たち人間の信頼のアンテナは皮膚にあるのでは、と思えてきます。

 

こんな実験があります。

実験参加者に、温かいコーヒーの入ったカップまたは冷たいコーヒーの入ったカップを持たせます。

そのあと、架空の人物について、その人の特徴を書いた文章を読ませて、「その人は温かい人か、冷たい人か」を問うと、温かいカップを持った参加者は、「温かい人です」、冷たいカップを持った参加者は「冷たい人です」と評定する傾向が認められました。

カップを持つことで生じる身体的な温感が、他者の評定に影響したと考えられます。

他にもさまざまな研究があり、温度以外にも、手ざわり、硬さ、やわらかさ、重さといった触覚体験によって、他人のイメージや自分の判断が影響を受けていることが示唆されています。

オンライン会議の連続、パソコンで書類を読んだり、資料を作成したり。

仕事後も、テレビや映画、ゲームや、スマホでアプリを使うなど、画面を見続ける生活。

もしかしたら、オンラインへの移行が進んでから、私たちはずいぶんと、視覚や聴覚からの情報に支配された視覚聴覚依存状態になっているのかもしれません。

肌の感覚、皮膚のセンサーを取り戻すためにおすすめのエンターテイメントがあります。

ダイアログ・イン・ザ・ダークとダイアログ・イン・サイレンスというものです。

ダイアログ・イン・ザ・ダークは、照度ゼロの暗闇空間(自分の手を目の前に持ってきても、その輪郭すら見えない)で、聴覚や触覚など視覚以外の感覚を使って、日常生活の様々なシーンを体験するものです。

暗闇に入った瞬間、視覚以外の情報がぐっと際立って感じられ、不思議な感覚がやみつきになります。

中では、トレーニングを積んだ視覚障害者の方が暗闇を案内をしてくれます。

ダイアログ・イン・サイレンスは、音を遮断するヘッドセットを装着して、音のない世界を体験するもので、今度は、聴覚以外の感覚が研ぎ澄まされていきます。

こちらでは、音声に頼らず対話することに長けた聴覚障害者の方がサポートしてくれます。

視覚・聴覚からの情報を遮ってみると、肌で感じる空気の温度や湿度、自分の皮膚が服と接している感覚など、普段はすっかり忘れてしまっている感覚を取り戻すことができます。

何も見えず、何も聞こえない世界の中でも、その場のピリッとした緊張感や、逆に空気がふっと和らぐ瞬間を感じられるなど、それまでスイッチOFFになっていた自分のセンサーが少しずつ活性化していくような、そんな体験です。

コロナ禍で出かけるのが難しいとしても、自宅でも、アイマスクとヘッドセットを活用して、疑似的に体験することができます。

オンライン生活で視覚聴覚依存になりやすい今だからこそ、視覚と聴覚以外のセンサーを磨いてみるのはいかがでしょうか。

 

【参考文献】

Williams. E. & Bargh J.A. (2008) Experiencing physical warmth promotes interpersonal warmth. Science 322: 606-607.

ダイアログ・イン・ザ・ダーク(ダイアログ・イン・ザ・ダーク (dialogue.or.jp))

ダイアログ・イン・サイレンス(ダイアログ・イン・サイレンス (dialogue.or.jp))

執筆

博士(心理学),臨床心理士,公認心理師

関屋 裕希(せきや ゆき)

 

1985年福岡県生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、筑波大学大学院人間総合科学研究科にて博士課程を修了。東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野に就職し、研究員として、労働者から小さい子をもつ母親、ベトナムの看護師まで、幅広い対象に合わせて、ストレスマネジメントプログラムの開発と効果検討研究に携わる。 現在は「デザイン×心理学」など、心理学の可能性を模索中。ここ数年の取組みの中心は、「ネガティブ感情を味方につける」、これから数年は「自分や他者を責める以外の方法でモチベートする」に取り組みたいと考えている。 中小企業から大手企業、自治体、学会でのシンポジウムなど、これまでの講演・研修、コンサルティングの実績は、10,000名以上。著書に『感情の問題地図』(技術評論社)など。

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