毛細血管とは動脈と静脈をつなぐ身体の中で最も細い血管のことで、その太さは5-10μmしかありません。この非常に細い毛細血管が私たちの身体の血管の99%を占めています。毛細血管は、酸素や栄養、熱などを身体のすみずみに届け、代わりに二酸化炭素や老廃物を回収する働きをしています。そのため、毛細血管の働きは組織や臓器の働きも維持するうえで非常に重要です。

毛細血管は、血管内皮細胞という扁平な細胞と基底膜で構成されています。

 

毛細血管の減少は老化の特徴の一つであり、老化に関連する疾患の原因となります。

毛細血管の密度は、20歳代と比較すると60-70歳代では約40-70%まで減少しているとの報告があります。

<参考>

ResearchGate, February 2006

Age-related changes of the cutaneous microcirculation in vivo. Grontology. 

 

毛細血管の減少により組織の血流が減って臓器の機能が低下し、健康障害につながります。

<参考>

J Gerontol A Biol Sci Med Sci, 2010 July

A vascular theory of aging. J Gerontol A Biol. Sci. Med. Sci. 

 

筋肉においても毛細血管は重要な働きをしています。

年齢とともに筋肉内の毛細血管は減少し、筋肉量の減少や筋力の低下、持久力の低下を引き起こします。運動によって血管新生が起こって毛細血管が増え、筋肉の加齢を遅らせる効果がありますが、高齢になると若い時ほど運動の効果が得にくくなる原因はよくわかっていません。血管新生とは、もともとある血管から新しく血管が出来ることです。

 

サーチュインは身体の老化制御の中心となる遺伝子で、ヒトにはSIRT1からSIRT7まで7種類のサーチュインが存在します。サーチュインが働くためには、NAD(ニコチンアミド・アデノシンジヌクレオチド)が必要です。NADは私たちが食べ物からエネルギーを得る過程に必須の物質です。体内のNADは加齢とともに減少することが知られています。

サーチュインのうちSIRT1は組織の血流が少なくなった際の血管新生や、血管内皮細胞の老化に関わっていることが知られていますが、SIRT1が筋肉の血管新生に関わっているかどうかは知られていません。

今回、2018年にアメリカの学術雑誌Cellに発表された論文をご紹介します。

<参考>

Cell, 2018 May

Impairment o fan endotelial NAD+-H2S signaling network is a reversible cause of vascular aging. 

この論文では、SIRT1のはたらきの変化が、年齢とともに筋肉内の血流が減少したり、持久力が減少したりすることの原因となり得るかどうか検討しています。

 

研究の方法

特に遺伝子改変していない通常マウス、血管内皮細胞におけるSIRT1遺伝子の働きをなくしたマウスを用いて筋肉の毛細血管や持久力を調べています。さらに、これらのマウスにおけるNADの増加効果を調べています。

 

研究の結果

加齢にともなって筋肉内の毛細血管、血管新生の量は減少し、持久力が低下する。

若齢のマウスと高齢マウスを比較したところ、血管内皮細胞の数、毛細血管の数ともに若齢のマウスの方が多く、持久力も高いことが分かりました。さらに若齢マウスからとってきた血管内皮細胞は高齢マウスより新生血管を作り出しやすいことが分かりました。

 

血管内皮細胞のSIRT1は血管新生に必要である。

筆者らは血管内皮細胞におけるSIRT1の働きを調べるため、血管内皮細胞のみでSIRT1の働きをなくしたマウスを作製しました。通常のマウスと比べて血管内皮のSIRT1の働きをなくしたマウスでは毛細血管の量が減少し、持久力が低下し、約半分の距離しか走れませんでした。

 

中高年のマウスの血管内皮のSIRT1のはたらきをなくした後、4週間の運動トレーニングを行いました。すると、同じように運動トレーニングを行った通常のマウスでは毛細血管が2倍になったのと比較して、血管内皮のSIRT1のはたらきをなくしたマウスの毛細血管は1.4倍までしか増えませんでした。ヒトにおいても若い人においては、運動によってよく新生血管が出来ますが、高齢になるとその効果が薄れてきます。このように、運動による新生血管の形成にはSIRT1が必要であることがわかりました。

 

次に、筆者らは血管内皮でSIRT1の働きを強めたマウスを作製しました。このマウスの筋肉内の毛細血管は通常のマウスと比較して、2倍に増えており、1.8倍長く走ることが出来ました。このことから、SIRT1の働きが強まれば毛細血管が増え、運動のパフォーマンスが上がることが分かりました。

 

NMNの投与により、新生血管が増え持久力が高まる。

NADの前駆体であるNMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)を投与することにより、体内のNADレベルを上げて、SIRT1の働きを高めることが出来ます。NMNを飲み水に混ぜて投与した高齢のマウスでは大動脈から出る新生血管の数が2倍になりましたが、血管内皮細胞でSIRT1の働きをなくした高齢マウスでは、新生血管は増えませんでした。

 

ヒトにおける報告と同様に、若齢マウスと比較して高齢マウスにおける筋肉と血管内皮細胞の中のNAD量は減少していました。そこで、筆者らは高齢マウスに2か月間、NMNを投与しました。NMNを投与することにより高齢マウスの毛細血管量は若齢マウスと同レベルまで増加し、さらに持久力は56-80%もアップしました。

若齢マウスにNMNを与えても毛細血管数や持久力に変化は見られませんでしたが、マウスに1か月間ランニングのトレーニングを行った後にNMNを投与すると、毛細血管数が大きく増えました。

 

NMNの効果は硫化水素でさらに高まる。

硫化水素はNADと同様にSIRT1を活性化し、毛細血管を増やすことが知られています。

そこで、筆者らは中年のマウスにNMNと硫化水素ナトリウム両方を4週間投与したところ、NMN単独の投与よりも毛細血管数は大きく増え、持久力は高まりました。この毛細血管の増加効果は、マウスのSIRT1の働きを弱めると打ち消されました。つまり、硫化水素による効果もSIRT1を介したものであることが分かりました。

 

まとめ

NMNの投与により高齢のマウスの毛細血管が増え、持久力も高まることが判明しました。この効果は血管内皮細胞のSIRT1を介しており、硫化水素によりさらに高まりました。

マウスのデータが全く同じようにヒトに当てはまる訳ではありませんが、今回のデータから、高齢者においては体内のNADが減少することでSIRT1の働きが弱まり、毛細血管の数や血流が減少しているのではないかと考えられました。

高齢者において筋力の低下は大きな問題となります。NMNなどを投与してNADを増加させることで筋肉の血流減少が抑えられ、持久力が保たれたり運動の効果がより高まったりすれば、非常に有用になり得ます。

毛細血管の増加は筋肉のみではなく、心臓や肝臓、骨、脳などの働きも改善すると思われます。高齢者にとってこれら臓器の機能改善も良い効果をもたらすか、期待されます。

NMNは若齢マウスにおいては運動と併用した場合に効果を発揮しました。運動の効果を高めたいアスリートにとっても有用である可能性があります。

執筆

亀田 歩

 

医師・医学博士。医師免許を取得後、病院勤務を経て10年ほど前より医学研究や学生教育も並行して行っております。現在はヨーロッパに研究留学中で、日本との相違点、類似点を日々実感しながら生活中です。医学には日々新たな情報があり、それを学び続けることで今後医師としての診療がより深いものになればと思います。出来るだけわかりやすく、新たな世界を知るワクワク感を共有できれば幸いです。

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