老化とは時間経過とともに進行する身体機能の低下を意味します。

どんな人でも、老化を避けて通ることは出来ません。加齢にともなって皮膚に張りがなくなり、疲れやすくなり、物忘れが増え…といったことが起こります。動脈硬化が原因となる脳血管疾患や心臓疾患、糖尿病、骨粗しょう症、悪性腫瘍など様々な病気も発症しやすくなります。

 

では、老化にともない私たちの身体の細胞や組織ではどのようなことが起こっているのでしょうか。実は目に見えないレベルで多くの変化が起こっていることが分かっています。

老化のメカニズムの解明が進めば、老化を抑制できる未来が現実のものとして見えてきます。

老化の9つの証

今回は、2013年にアメリカの学術雑誌Cellに、「The Hallmarks of Aging」というタイトルで掲載された総説論文をご紹介します。この論文では老化のメカニズムについて9つに分けてまとめ、「老化の9つの証」として、それぞれ解説されています。

老化の研究は約40年前、1980年代に寿命が延長する遺伝子変異をもつ線虫の存在が明らかになった頃から盛んに行われるようになりました。

老化の研究は癌の研究と並行して行われてきました。老化は細胞の機能が衰えていくものであるのに対して、癌はある細胞が無限に増殖できる機能を獲得したものであり、両者は一見正反対に位置するように思えます。しかし、老化は細胞へのダメージが蓄積して機能が低下したもの、癌は細胞へのダメージが蓄積してある種の細胞が異常な機能を獲得したものであり、両者の根底にあるメカニズムは非常に似ていると言えます。

「老化の9つの証」は以下の9つです。

2,5,6については下で詳しく説明します。

1.DNAの不安定性

DNA(デオキシリボ核酸)は、私たちの遺伝情報である遺伝子が書き込まれている物質です。生きている間に様々な原因でDNAへダメージが起こり老化が促進されます。

細胞にはDNAのダメージを修復する機構が備わっていますが、この働きが低下しても老化が促進されます。

2.テロメアの短縮

DNAが存在する染色体の末端にはテロメアと言われる特徴的な配列が存在し、染色体を保護してDNAを末端まで完全に複製する役割があります。

DNA複製が行われる際にテロメア配列は通常複製されないので、テロメアは細胞分裂のたびに少しずつ短くなり、あるところまで短縮すると細胞が分裂できなくなります。すると染色体が不安定になって老化が引き起こされます。テロメアの長さは年齢とともに短くなり、ヒトにおいてテロメアの短さと死亡率は相関することがわかっています。動物実験では、テロメアを短くすると短命に、長くすると長寿になります。

テロメアの長さを維持する酵素はテロメラ―ゼと呼ばれます。テロメラーゼは生殖系の細胞や幹細胞には備わっていますが、一般的な身体の細胞にはほとんど存在しません。多くの癌細胞にはテロメア―ゼが発現しており、無限に増殖できるようになっています。ヒトではある種の病気がテロメラーゼ不全により発症することがわかっています。動物実験ではテロメラーゼを導入することで老化が遅れることが報告されています。

3.エピジェネティック変化

エピジェネティックな変化とは、DNAそのものの変化ではなく、DNAやDNAが巻き付いている物質(ヒストン)が修飾されることによる遺伝子の現れ方の変化です。様々なエピジェネティック修飾の変化が加齢とともに変化し、それが老化の指標となると考えられてきました。

サーチュインという遺伝子もNAD(ニコチンアミド・アデノシンジヌクレオチド)の存在下に、エピジェネティック修飾を変化させることで老化を制御します。

4.タンパク質恒常性の喪失

細胞の中では様々なタンパク質の品質管理が行われています。この状態が変化することで起こる老化も存在します。例えば、アルツハイマー病やパーキンソン病は長年にわたりある種のタンパク質が脳や神経細胞に蓄積することで発症します。

5.栄養感知機能の調節不全

細胞内には糖、アミノ酸、エネルギーといった栄養を感知してはたらくシステムがありますが、この中に寿命や老化に影響するものが複数あります。

細胞には、血糖値を下げるホルモンであるインスリンや成長ホルモンの刺激によって分泌されるIGF-1(インスリン様成長因子)によって活性化されるシグナル伝達経路があり、インスリンシグナルと呼ばれます。インスリンシグナルの下流には糖とアミノ酸を感知するmTORC1シグナルが存在します。これらのシグナルを抑制すると寿命が延長することが動物実験で示さています。カロリー制限をしたハエの寿命は延長しますが、これはmTORC1シグナル抑制によります。これらのシグナルは細胞の成長や分裂を促すため、抑制するとストレスを軽減し細胞へのダメージを少なくすることが出来ます。一方、生きていく上で非常に大切なシグナルであり、抑制しすぎると多くの副反応が出るため、適度な調節が重要であると考えられています。

細胞内のエネルギー状態を感知するAMPKやエネルギーを得る過程に必須のNADによって活性化されるサーチュインの働きを高めることでも寿命の延長や抗老化作用が認められます。

6.ミトコンドリアの機能低下

加齢によってミトコンドリアの機能が低下すると、活性酸素が増加します。活性酸素はある程度までは細胞をストレスから守り、老化を遅らせ寿命を延長させます。しかし、ある程度以上になると細胞にダメージを与え、さらなるミトコンドリアの機能低下を引き起こし、老化を進行させます。したがって、身体に良いとされる抗酸化作用も過度になると有害である可能性が考えられています。

ヒトにはSIRT1からSIRT7まで7種類のサーチュインが存在しますが、サーチュインの中でSIRT1はミトコンドリアの合成を促進してミトコンドリアの品質を保ち、SIRT3はミトコンドリアのエネルギー代謝を調節して抗老化作用を発揮しています。動物実験では持久力トレーニングや隔日での絶食はミトコンドリアの機能を改善して抗老化作用を発揮することが示されています。

このように、ミトコンドリアの機能と老化には密接な関係があります。

7.細胞老化

細胞の性質が変化して細胞分裂が停止することを細胞老化といいます。これはダメージを受けた細胞ががん化することを防ぐ機構である一方、加齢に伴い組織内で老化細胞が増加すると正常な細胞が少なくなってダメージが増悪し、加齢による様々な病態に関与します。

8.幹細胞の枯渇

幹細胞とは様々な細胞を作り出す能力(分化能)と自分と同じ細胞に分裂する能力(自己複製能)をもった細胞です。年齢とともにこの幹細胞が減少し、組織を再生する能力が低下します。例えば血液をつくる幹細胞が年齢とともに減少し、貧血や免疫力の低下が起こります。

9.細胞間ネットワークの変化

年齢とともにある種のホルモンが減少し、炎症が増加します。例えば炎症は肥満、2型糖尿病、動脈硬化といった疾患の引き金となり、免疫力低下にも関わります。組織間で老化の程度が影響しあうことも報告されています。

まとめ

このように、加齢により驚くべき様々な変化が起こり老化が引き起こされます。これらの変化は一見独立したもののようにも見えますが、複雑に作用しあうことで老化が進行します。

日々明らかになる多くの知見を理解することで、経験や勘に頼るのではなく、科学的根拠に基づいた対処が可能となります。

健康寿命を延ばしたり、寿命を延長させたりする対策や薬物治療の構築に役立つものと思われます。

最新の老化研究の成果が日常に届くことで、誰もが無理なく老化を抑制することができる未来が現実味を帯びてきたと言えるでしょう。
関連記事:老化を止めることができるのか?Aging HallmarksとNMNの関連性

執筆

亀田 歩

 

医師・医学博士。医師免許を取得後、病院勤務を経て10年ほど前より医学研究や学生教育も並行して行っております。現在はヨーロッパに研究留学中で、日本との相違点、類似点を日々実感しながら生活中です。医学には日々新たな情報があり、それを学び続けることで今後医師としての診療がより深いものになればと思います。出来るだけわかりやすく、新たな世界を知るワクワク感を共有できれば幸いです。

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