新型コロナウイルスの影響下で、働き方に変化が訪れていることも影響してか、「チームの心理的安全性」をテーマにした講演やワークショップの依頼が増えました。

私が、この概念に出会ったのは、研究仲間と定期的に開催している組織心理学の勉強会で、5年ほど前のことでした。

直感的に、この考え方は、日本でもっと注目されるようになるかもと思いました。

理由のひとつは、「安全」という言葉が含まれていることです。

日本の企業にとって、なじみ深く、また重点項目として取り組んできた「安全」は、日本の企業文化との親和性が高い言葉だと感じたからです。

「メンタルヘルス対策が大事」と言われてもあまりピンとこない場合も、「心理的安全性」と言われると、「大事だ」と思ってもらいやすいかもしれない、という想いもありました。

 

その後、Googleが「効果的なチームとは何か」ということを探るために行ったProject Aristotleにて、効果的なチームのベースには、心理的安全性が重要だ、という調査結果を発表しました。

これが2016年にNEW YORK TIMESに取り上げられたことなどもあり、一気に注目を浴びるようになりました。

Googleの報告によると、心理的安全性が高いチームは、①離職率が低く、②収益性が高く、③チーム内で多様なアイディアを活用できており、④メンバーが「効果的に働いている」とマネージャーから評価される機会が2倍多い、とされています。

 

さて、そんな「心理的安全性」ですが、チームがどのような状態であることを指すとイメージされますか?

講演などで問いかけると、「安全」という言葉のイメージからか、「対人関係が良好であるということ」、「問題が起こらないこと」といった答えが返ってくることがあります。

心理的安全性についてのこれまでの研究を紐解きながら、実際はどうなのか見ていきたいと思います。

まず、心理的安全性という概念が初めて出てきたのは、1965年のことです。

組織が変化するときに個人が適応するうえで大事な概念として位置づけられました。

論文を発表したのは、キャリアの研究で有名なシャイン(Edgar Schein)らで、名前を知っている、という方もいるかもしれません。

ただ、心理的安全性の研究で有名なのは、恐らく、1999年のAmy Edmondsonのほうではないかと思います。

Edmondsonの研究が有名なのは、心理的安全性という概念を「チームに共有されたもの」と、個人レベルの概念からチームレベルに引き上げたためだと思います。

Edmondsonの定義によると、心理的安全性とは「職場で対人関係のリスクを選択することに対して安全であるという、チームに共有された結果についての知覚」とされています。

安全とは逆の「リスク」という言葉が入っていますが、「対人関係のリスク」というと、どんなリスクが思い浮かびますか?

 

関係が悪くなること。

面倒なやつだと思われること。

嫌われること。

「空気が読めない」と思われること。

「仕事ができない」と思われること。

 

さまざまなリスクがありそうです。

心理的安全性は、対人関係に問題がなく、平和な状態のことを指すわけではなく、「これらのリスクをとっても大丈夫」ということがチーム全体で共有されていることを指すのです。

Edmondsonはリスクとして、4つの不安を挙げています(図)。

心理的安全性が高いチームは、これらの不安がないため、「分からない・知らないことがあれば聞くことができる」、「失敗やミスも報告する」、「アイディアを思いついたら、そのまま口に出す」、「問題に気づいたら指摘する」といった行動がとれるのです。

テレワークや、テレワークと出社が混在するまだらワークなどで、コミュニケーションがとりづらくなってくると、ますますこの心理的安全性への注目が集まるというのも納得かと思います。

 

また、心理的安全性についての研究を概観したレビュー論文を読むと、心理的安全性が「学習」と関連していること、従属変数に「パフォーマンス」があることは、組織レベル、チームレベル、個人レベルの3つのレベルで共通していました(図)。

(従属変数というのは、この場合、心理的安全性が上がったり下がったりすることと連動して変化する変数のことを指します。)

ミスや問題を受容できると、個人の学びにつながりますし、そのことがチームに報告され、改善提案につながると、チーム全体の学びにもつながります。

その学びが、組織全体に展開され、施策や制度に取り入れられると組織全体の学びにつながっていきます。

こうしてそれぞれのレベルで、学習の促進とパフォーマンスの向上につながっていき、上方向の好循環が生まれていくのです。

 

最初の問いに戻ると、心理的安全性の高いチームとは、対人リスクを感じることなく、学習できるチームであり、問題が起きることがあっても、パフォーマンスを上げられるチーム、ということになります。

心理的安全性が高いというのは、関係が良好だとか、問題が起こらないとか、安全な状態がずっと続くということではありません。

ネガティブなことがないこと・起こらないことが前提ではなく、そういったことが起こることを自然なこととして受け止められ、チームで扱っていけること、それこそが、心理的安全性の高いチーム・組織の出発点になるのだと思います。

 

わからないことがあるのは当たり前。

意見の対立は避けるべきものではなく、あることが前提。

ミスが起こるのは自然なこと(だって、人間だもの)。

問題やトラブルは起きるもの。

 

そして、これら一見ネガティブなことが起こることを「学びの機会」として捉えられるかどうかが大事なのです。

人生だって、波風が立たないほうがいいように思えるかもしれませんが、問題がないことをただただ目指すよりも、たくさんの気づきを得ること、体験すること、いろんな感情を感じることにこそ、人生の意味があるとしたら?

チームも人生も、荒波があってこそ、なのかもしれません。

 

【参考文献】

Project Aristotle

Schein, Edgar H., and Warren G. Bennis. Personal and organizational change through group methods: The laboratory approach. New York: 144 Wiley, 1965.

Amy Edmondson. Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams. Administrative Science Quarterly, Vol. 44, No. 2 (Jun., 1999), pp. 350-383, 1999.

Edmondson, A.C., & Lei. Z. Psychological Safety:

The History, Renaissance, and Future of an Interpersonal Construct. Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior,Vol. 1: 23-43, 2014.

執筆

博士(心理学),臨床心理士,公認心理師

関屋 裕希(せきや ゆき)

 

1985年福岡県生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、筑波大学大学院人間総合科学研究科にて博士課程を修了。東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野に就職し、研究員として、労働者から小さい子をもつ母親、ベトナムの看護師まで、幅広い対象に合わせて、ストレスマネジメントプログラムの開発と効果検討研究に携わる。 現在は「デザイン×心理学」など、心理学の可能性を模索中。ここ数年の取組みの中心は、「ネガティブ感情を味方につける」、これから数年は「自分や他者を責める以外の方法でモチベートする」に取り組みたいと考えている。 中小企業から大手企業、自治体、学会でのシンポジウムなど、これまでの講演・研修、コンサルティングの実績は、10,000名以上。著書に『感情の問題地図』(技術評論社)など。

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