地中海食とはイタリアやスペイン、ギリシャ、モロッコなど主に地中海沿岸の食事法のことで、2010年にユネスコ世界無形文化遺産として登録されました。その後、2013年には日本の「和食」も無形文化遺産として登録されたことは記憶に新しい方も多いでしょう。

さてこの「地中海食」は近年健康的な食事法として世界でも注目されており、栄養学や疫学においても様々な研究の対象となってきました。

今回紹介する研究では地中海食が脳の老化予防と関係のある腸内フローラを変化させたことが報告されており、その内容についてまとめました。

<参考文献>

Nutrition Journal,December 31, 2019
https://gut.bmj.com/content/69/7/1218?rss=1

地中海食とは何か

オリーブオイル

日本に住んでいる私たちにとって地中海は地理的にも心理的にも決して近しい存在ではありません。
まして食文化などは程遠いものに思えるかもしれませんが、具体的に「地中海食」とはどのようなものを指すのでしょうか。

地中海食という概念は、1950年代にアメリカの医学博士アンセル・キーズによって研究が始まり、1990年代に入ってその食事法の基本原則が定義されて様々なメリットがうたわれるようになりました。

地中海食とは、イタリア、スペイン、ギリシャ、モロッコ等などの地中海沿岸諸国に根づいている食事法をさします。具体的には主に以下のような食事法となります。

・オリーブオイルをよく使う

・魚介類、穀類、乳製品、野菜、果物をバランスよく摂取する

・肉の摂取量は少量に抑える

これらに加えて、適度のワインをたしなみつつコミニュケーションを取りながら楽しく食事をするというスタイルが文化として認められ、ユネスコの世界無形文化遺産の認定を受けたのです。


つまり、地中海食は食事法のひとつであるため、地中海沿岸諸国に住んでいなくてもこの食事法は実践できるということになります。オリーブオイルやワインも日本では入手が難しい食材ではなく今日からでも地中海食は実践可能というわけです。

<出典>

海外における食文化の世界無形遺産登録の動向.農林水省.

https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/meeting/1/pdf/foreign.pdf(参照 2020-08-08)

欧州5カ国に住む高齢者612人を対象に疫学調査が行われた

今回紹介する研究は、消化器病学における学術雑誌「Gut」に掲載されたアイルランド国立大学コーク校が発表したものです。

研究対象となったのは、フランス、イタリア、オランダ、ポーランド、イギリスの5ヶ国に住む65歳から79歳の高齢者612人です。参加者のうちは28人はすでに歩行が困難であったり握力が非常に弱いなど健康に問題があるという状況でした。他にも151人にわずかにそれらの兆候があり、残りの433人は健康であったという被験者の内訳になっています。

実際の研究では612人の高齢者のうち、289人はいつも通りの食事を摂取してもらい、323人はいわゆる地中海式の食事を摂取してもらいました。1年間にわたって被験者の食事をモニタリングして、食事成分である繊維、ミネラル類、ビタミン類、脂肪等の摂取量や虚弱性、炎症マーカーとの関連付け分析、便からの腸内フローラから抽出されたDNAの解析などを行うことで、地中海食の有益性との相関関係を調査しました。

研究では腸内細菌の変化と脳への影響が示唆された

脳

この研究で明らかになったことのひとつに、地中海式食事法を実践した人の腸内の状況の変化があり、腸内にいる細菌の多様さが注目されました。さらに代謝を促進して脂肪の摂取を抑制する短鎖脂肪酸を産出する細菌の増加や大腸がんの原因のひとつとされる2次胆汁酸を生み出す細菌の減少も明らかになりました。加えて認知機能の向上に関連する虚弱性マーカーの減少や体内で炎症反応や破壊が起きているときに増加する「C反応性蛋白」と「インターロイキン17」の減少が著しいこともわかっています。

地中海式食事の摂取による腸内細菌の変化が、良好な精神機能と記憶力の維持に貢献する可能性があるというのが今回の研究から導き出されています。つまり、加齢による老化であっても地中海食がもたらす効果によって細胞の破壊や炎症を喚起する細菌を除去し、より健やかにそして健康に年を重ねることができる可能性があるわけです。

腸には1000種類もの細菌が100兆個も生息しているといわれ、これらの細菌を介して腸は脳と密接な関係があることが近年の他の研究でも指摘されており、これをより裏付ける研究であるといえるでしょう。

<参考>

厚生労働省 e-ヘルスネット 「腸内細菌と健康」

https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/food/e-05-003.html

地中海沿岸諸国以外の土地でも地中海食の実践は可能か

さらに今回の研究で研究者が最も注目をしたことに、地中海沿岸諸国に住んでいない高齢者でも、1年間地中海食を摂取し続けたことで、地中海食の効果が見られたという結果が挙げられます。

地中海食はその土地に住んでいる人にしか効果が表れないと思われるかもしれません。しかし、今回の研究のように1年間経過を見た結果ではこの限りではないというわけです。

では、脳卒中や心筋梗塞のリスクの軽減や肥満にも効果があるといわれている地中海食の実践は、日本でも可能なのでしょうか。

実際には日本でも地中海食の実践は可能です。

地中海食と聞くと、洗練された料理の数々を思い浮かべるかもしれませんが、実際には地中海食は非常にシンプルなレシピです。地中海食の特徴は主に以下の通りです。

・大量摂取が推奨される野菜はオリーブオイルや香草を用いて味つけをする

・おやつには果物を食べる

・満腹感をもたらす炭水化物の摂取は問題なく特に豆類の摂取は推奨されている

・チーズやヨーグルトなどの乳製品も地中海食には含まれている

・肉類はごく少量の摂取に留め、赤身の肉はできるだけ避けて鶏肉を中心に食べる

・化学調味料は用いない

これらの要素に加えて地中海食の礎となっているオリーブオイルは、サラダやスープなどあらゆるところに使用できます。つまり、減量や食材の制限などがそれほど厳しくないのが地中海食の特徴なのです。

地中海食は腸内の細菌を変化させ、それが脳の機能などに良い影響を及ぼすことが期待できます。この地中海食は地中海沿岸諸国に住まなくても実践できる食事方法として日本でも今後より注目されるといえるでしょう。

執筆

井澤 佐知子

 

イタリア在住の主婦。イタリアの歴史や食文化に関するライティング多数。 クーリエ・ジャポン、学研ゲットナビ、ディスカバリーチャンネルジャパン、財経新聞サイエンス欄、オリーブオイルをひとまわしなどに寄稿。 物理学者の夫の影響で、地中海食をはじめとする食の健康に関して常にアンテナを立てている日々。

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