老化と聞くと、誰にでも訪れる避けることができない現象と思われるかもしれません。私たち人間にとって、「年をとれば老化する」ことは当たり前の事実かのように受け入れられています。一方で、地球上には人間よりも長生きする生物がたくさん存在します。今回はそんな“老化知らず”な長寿の生き物たち「老化シラーズ」を紹介します。
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長寿の代名詞「カメ」 ガラパゴスゾウガメは175歳まで生きた?
エクアドルのガラパゴス諸島を生息地とするガラパコスゾウガメは、サボテンなどを主食とする大型のゾウガメです。体重は300kgを超えることもあるそうです。
オーストラリア動物園にいたハリエットという名前のガラパコスゾウガメは、175歳まで生きたという記録が残っています。日本や中国において、亀が長生きの象徴的な生き物として見なされているのも納得ができます。
アイスランドガイ 世界で一番長生きな貝?
アイスランドガイ(Arctica islandica)は、アイスランド付近の大西洋の海に生息する、ごく一般的な二枚貝です。味も美味しく、欧米ではクラムチャウダーなどによく使われ食べられているそうです。
このアイスランドガイですが、ある調査によると507年も生きたと推定される個体が発見されたとのこと。※1
普段食べる貝が何年生きたか意識したことがある方はいないかもしれませんが、500年以上生きた貝が食卓に並ぶ可能性もあると考えると、なんだか不思議な感じがします。
ベニクラゲは不老不死?
ベニクラゲは体長が1cmにも満たない小さなクラゲです。しかし、別名「不老不死のクラゲ」とよばれている、すごいクラゲなのです。
不老不死とよばれる理由は、ベニクラゲが成熟個体からポリプという幼若な個体へと若返ることができる能力を持つからです。この若返りは、成熟個体がダメージを負ったときなどに起こるとされています。一度ポリプへと戻ったベニクラゲが、また成熟個体へと成長し、その後ポリプに戻るというサイクルを繰り返します。※2
若返りの過程を有することから、ベニクラゲには理論上、寿命はないと考えることもできます。実際にはベニクラゲは若返りだけでなく、子孫を残し、寿命を全うすることもあります。※2
内臓も新しくできるロブスターは長生きだけど脱皮に失敗して死ぬ?
ロブスターは成長と脱皮を繰り返し大きくなっていきます。脱皮の際に内臓を新しく入れ替えることができることから、ロブスターには寿命がないとする説もあります。詳しい科学的な根拠はまだ明確にはありませんが、今後のロブスターの研究に期待したいところです。
そんなロブスターですが、実は脱皮に失敗して死ぬことがあります。脱皮中は殻が柔らかくなるため、普段なら襲われない外敵から攻撃される危険が高まります。また、脱皮には相当なエネルギーが必要なので、脱皮が終わる前に力尽きてしまうこともあるのです。西洋料理の高級食材として有名なロブスターが、命懸けの脱皮を繰り返し大きくなって食卓に並んでいたというのは驚きです。
サメ界一泳ぐのが遅いニシオンデンザメは成長も遅い?
ニシオンデンザメ(グリーンランドザメともよばれる)は、水温の低い北極海で生きる大型のサメです。全長が5mを超える個体もあり、ここまでの大きさに成長するには相応の時間が必要であることから、ニシオンデンザメは長い年月を生き続けていると考えられてきました。
その生態は謎に包まれていましたが、2016年の論文で、少なくとも400年は生きている個体があるとの報告がなされました。成長のスピードは1年に1cm程度ということも広く知られるようになり、特にメスにおいては成熟するのに150年もかかることもわかりました。※3
さらにニシオンデンザメが泳ぐスピードはサメの中で最も遅いとされ、その平均速度は、人間の赤ちゃんのハイハイと同じくらいの秒速34cmほどといわれています。運動筋の収縮速度など代謝プロセスは、低温になるにつれてその能力が低下します。このことから、ニシオンデンザメの泳ぐスピードが遅いのは、尾ヒレの動きが海水温の低さから鈍くなっていることが原因だと考えられています。※4
キモカワイイけど80歳まで健康体!老化しないハダカデバネズミ
ハダカデバネズミは、見た目そのままの、裸(体毛がほとんどない)で出歯(門歯が発達したいわゆる出っ歯)という特徴を持つネズミです。口を閉じても歯が出ています。自然界ではアフリカ北東部の地下にトンネルを形成して生息しています。
地下トンネルは暗いため、ハダカデバネズミは目がほとんど見えず、その生態には2つの特徴があります。1つは哺乳類では珍しく、アリやハチのような分業制の社会「真社会性」を形成することです。子どもを産むのは女王のみで、他のメスはすべてが働き手となります。※5
もう1つの特徴は、ネズミのなかではかなりの長寿命であり、老化耐性と発がん耐性があることです。一般的に生物の寿命は種の大きさに比例して長くなるとされていますが、ハダカデバネズミの寿命は約30年と長く、最長で37年、あるいは42年生きるという説もあります。同じくらいの大きさであるハツカネズミの寿命が3年程度であるのと比べると、はるかに長命です。また、その寿命のうち約8割の期間では、活動量や繁殖能力、心機能や血管機能の低下といった「加齢性の変化」が見られません。人間の寿命を100歳とすると、ハダカデバネズミは約80歳まで加齢性変化のない健康体なのです。さらに、飼育下にあるハダカデバネズミには、がんも発生しなかったとされます。※5、6
そんなハダカデバネズミのゲノム解析は2011年に完了しており、現在は遺伝子研究が進められ、いくつもの特異的な配列があることが報告されています。2023年には、ハダカデバネズミでは老化した細胞自身が細胞死を起こし、結果的に個体全体が老化しにくくなっていることが発見されました。※5、6
老化シラーズの研究が進めば人間の老化も止められるかもしれない
以上、老化を知らない長寿の生き物「老化シラーズ」たちを紹介してきました。彼らを見ていると、人間にとっての老化も必然ではなく、止められるはずだと心強く思えてきませんか? 老化シラーズたちの生態を研究することで、私たち人間を長寿にする秘訣が見つかる日が来るかもしれません。
もちろん、人間の老化研究も進められています。2013年に科学雑誌『Cell』で発表された「Hallmarks of Aging(Aging Hallmarks/老化の特徴)」という論文は、最新の基礎研究や臨床研究の知見を盛り込み、2023年にアップデートされました。Aging Hallmarksを指標として、老化現象の根本的な原因や老化進行メカニズムの理解が進み、今後もますます人間の老化研究が発展していくことでしょう。
Aging Hallmarksについて詳しく知りたい場合は、こちらの記事をご覧ください。
関連記事:老化を止めることができるのか?Aging HallmarksとNMNの関連性
参考資料
※1 Butler, P. G. et al. (2013) Variability of marine climate on the North Icelandic Shelf in a 1357-years proxy archived based on growth increaments in the bivalve Arctica islandica. Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology 373: 141–151.
※2 久保田信. (2010) ベニクラゲ(刺胞動物門, ヒドロ虫綱)の不老不死の生活史. 海洋化学研究. 23(1): 20-28.
※3 Julius Nielsen, et al. (2016) Eye lens radiocarbon reveals centuries of longevity in the Greenland shark (Somniosus microcephalus). Science. 353. 702-704.
※4 Yuuki Y. Watanabe, et al. (2012) The slowest fish: Swim speed and tail-beat frequency of Greenland sharks. Journal of Experimental Marine Biology and Ecology. 426–427. 5-11.
※5 河村佳見 ほか. (2014) ハダカデバネズミ なぜそんなに長生きでがんにならない?. 化学と生物. 52(3). 189-192.
※NOMONではHallmarks of AgingをAging Hallmarksと記載しています。