「経営とは何か」という問いに対する答えは、人によってさまざまです。例えば、「経営とは利益を生み出す仕組み作りとその仕組みの徹底的な運営である」というのも、ひとつの答えでしょう。マーケティング戦略の4Pを駆使したり、組織内外のコンフリクトを解消したり、生産効率を追い求めたり……経営者のみなさまは日夜奮闘されています。この記事が、経営とは何か、企業を長く存続させるために欠かせないものとは何かを考えるきっかけになれば幸いです。
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目まぐるしく変化する社会と多様化・複雑化する消費者ニーズ
昨今は、インターネットによる社会の情報化がますます浸透し、SNSによる情報浸透スピードも歴史上類を見ない速さになっています。企業経営においても、社会の変化に素早く対応するため仮説検証のサイクルを短くし、変化に柔軟に対応し続けることがより強く求められるようになってきました。
消費者のニーズも多様化・複雑化しており、誰にでも手に取ってもらえるような大勢向けの商品はもはや売れません。消費者をジオグラフィック、サイコグラフィック、デモグラフィックな基準でセグメンテーションし、「この人たちに、この価値を届けたい」と試行錯誤しながら、突き抜けた商品コンセプトを研鑽していく必要があります。
- 世間では今、何が流行しているのか
- 売上を拡大するためにマスを狙いにいくべきか
- 自社が目指すべきもの、やりたいことは何か
など、多くの経営者はさまざまな思いが交錯し葛藤するなかで、最適な答えを求めて日々真剣に経営に向き合われていることでしょう。
両利きの経営とは?既存事業と新規事業の両立に取り組む
時代の流れや変化のスピードが速い現在の経営環境において、既存の事業に固執しすぎることは、世の中から淘汰されて企業としての存続が危ぶまれる結果を招きかねません。一方で、既存事業の絶え間ない改善を怠ると、現時点での激しい競争に勝ち存続し続けることができなくなってしまいます。
経営においては、新しい事業を探す「知の探索」と、既存事業を強化する「知の深化」を両立させること、つまり「両利きの経営」が重要とされています。
「両利きの経営」はスタンフォード大学のチャールズ・A・オライリーが提唱した言葉です。
ちなみに、知の深化のみを行う弊害としては、デジタルカメラの台頭やスマホによるガラケー市場の席巻などによる市場の変革についていけないことなどが挙げられます。他にも、新たなイノベーションが登場したときのインパクトの例には枚挙にいとまがありません。技術革新が速いからこそ、現代の企業経営においては「知の探索」と「知の深化」という相反する2つのことを同時に実行し続けなければならないのです。
両利きの経営を実現する4つのアプローチ
両利きの経営を実現するためには、主に以下の4点が重要であると考えられています。
- 会社のトップが強力なリーダーシップを発揮し、両利き経営実施の明確なメッセージを発信すること
- 知の深化を担う組織(既存事業)と知の探索を担う組織(新規事業)を別々にし、経営資源を振り分け、兼任は避けること
- 知の探索を担う組織(新規事業)は収益化に時間を要するため、評価軸を別に設けること
- 別々の組織ではあるものの、新たに獲得した知識やリソースは両組織で共有し、協力体制を築くこと
ここに挙げただけでも、同時並行で実施するのは極めて困難であることがうかがえます。例えば、2に挙げた既存事業と新規事業の区別を実行した場合、それぞれの組織間に壁ができあがるため、4に挙げた知識やリソースの共有は難しくなります。そのため、トレードオフの関係にある複数の事柄の妥協点を、複数同時に見出していくことが経営能力は重要といえます。
そして、相反する条件を両立させるような能力は、若い頃から備わっているのではなく、年齢を重ねるにつれて身につけ、経験と共に強化されていくと考えられます。
日本の中小企業経営者の平均年齢の推移
日本の中小企業を経営する経営者の平均年齢の推移を、2023年版「中小企業白書」に基づいて見ていきましょう。 ※1
日本の中小企業の経営者年齢のピークは、2000年頃には「50~54歳」だったのに対し、2015年には「65~69歳」でした。2022年には年齢分布がなだらかになりつつも「70~74歳」がピークになっています。時の経過とともに、経営者年齢のピークが高齢化していることがわかります。※1
このデータは、日本の中小企業が抱える事業承継の問題や経営者の高齢化が顕在化していると捉えることもできます。
経営者の高齢化に伴うリスク
経営者が高齢化することで、会社の経営においては以下のようなリスクが考えられます。
健康問題
高齢の経営者は健康問題を抱える可能性が高く、これが組織の運営に影響を及ぼすことがあります。例えば、突発的な健康問題により働けなくなってしまうと、経営の不安定化を招く可能性があります。
事業承継の問題
特に家族経営や中小企業において重要な課題です。適切に後継者計画が行われていない場合、企業の存続や成長に大きなリスクをもたらす可能性があります。
組織文化の硬直化:一人の経営者が長期にわたって同じ方針や方法論に固執すると、組織文化が硬直化し、変化や進化が難しくなることがあります。
コミュニケーションギャップ
世代間のコミュニケーションギャップは、組織内での意見の不一致や誤解を招くことがあります。特に、長く働いてきた経営者と若手社員との間では、価値観や働き方の違いから摩擦が生じる可能性があります。
上記のリスクはありますが、視点を変えれば、20年前に比べて経営者が年齢を重ねても長く企業経営を続けられるようになったと見ることもできるのではないでしょうか。
長く企業を経営するために
企業を健全に長く経営し続けるためには、マーケティング力や実行力などさまざまな能力が求められます。それらの能力だけでなく、経営者の「心身の健康」もまた欠かせません。順調に経営してきた企業であっても、経営者や主要な社員の急な体調不良によって地盤がぐらついてしまうことは少なくないのです。長く企業を経営するために意識してほしいポイントを2つご紹介します。
筋肉と老化
例えば、経営にコミットするためには、体力が求められる場面もあります。しかし、年齢とともに体力が低下していくことは避けられません。年齢を重ねるにつれて筋肉量や筋力が低下すること、加齢によって幹細胞が衰えることで筋トレの効率がどんどん悪くなっていくことなどもわかっています。何歳からでも筋肉を増やすことはできますが、そのためには幹細胞の機能低下をいかに防ぐかが焦点となります。筋力を維持し、年齢を重ねても健康で過ごすためには、規則正しい生活やバランスの取れた食事に加えて、十分な睡眠と適度な運動が重要です。
筋肉と老化について詳しく知りたい場合は、こちらの記事をご覧ください。
関連記事:筋肉と老化の関係性とは?サルコペニア予防や関連するAging Hallmarksについても解説
学習効果と老化
また、新規事業を開拓したり、既存事業に新たな知見を取り入れ改善したりするためにも、経営者には日々学び続けることが求められます。加齢に伴い、脳の機能は低下する一方だと考えられがちですが、実は加齢に伴い向上し続ける脳の機能もあります。
具体的には、新しい環境に適応するために新しい情報を獲得する知識のことを流動性知能といい、10代後半から20代前半にかけてピークを迎えた後は低下の一途をたどります。一方、個人が長年にわたる経験から獲得する知識のことを結晶性知能といい、こちらは20歳以降も向上し続けて高齢になっても安定しています。
経営においては、複合的な外部情報を過去の経験として、また知識として蓄積しつつ、それらをつなぎあわせて総合的な情報処理を脳内で行うことが求められます。また、統合的な意思決定を連続的に迅速に実行する必要もあります。先に述べた2種類の知能のうち、加齢に伴い向上し続ける結晶性知能が、経営能力においては重要なのではないでしょうか。そうだとすると、中小企業の経営者年齢のピークが、結晶性知能が成熟した70代にあることにも納得がいきます。経験に裏打ちされた確かな経営を実行するのに、年齢は関係ないのかもしれません。
学習効果と老化について詳しく知りたい場合は、こちらの記事をご覧ください。
関連記事:学習効果と老化の関係とは?加齢による知能の加齢による変化について解説
COFFEE BREAK 日本は長寿企業の数が世界一?
日経BPコンサルティング・周年事業ラボが行った調査によると、創業100年以上の企業数および創業200年以上の企業数で、日本はいずれも世界1位という結果が示されていました。また、創業200年以上の企業に至っては1340社もあり、2位のアメリカ(239社)と大差をつけています。※2
日本が世界的に見て長寿の国であることはもちろん、企業にとっても長く経営できるような要因が日本の文化に根付いているのかもしれません。
経営者自身の心身の健康が末永い企業経営の地盤となる
末永く企業経営を続けるためには、新規事業と既存事業の両立を図る、つまり「故きを温ねて新しきを知る(温故知新)」という姿勢が求められます。さらに、経営者自身や社員にとっても、年齢を重ねても長く働けるための心身の健康も重要であるといえます。特に、経営に必要な能力は何歳になっても高まり続けるのだとすれば、この先の人生を実り多く過ごせるように少しでも前向きに取り組んでいく必要があるのではないでしょうか。
参考資料
※1 中小企業庁 2023年版「中小企業白書」全文
※2 日経BPコンサルティング 周年事業ラボ 調査データ2020年版100年企業<世界編>世界の長寿企業ランキング、創業100年、200年の企業数で日本が1位