世界を代表する超高齢社会に突入しているわれわれ日本人が直面している「老化」というテーマについて、「ほぼ誰にでも読んでもらえるように書いてある」、小説のような1冊を紹介したい。

 

 

 「老化」研究の第1人者の1人であるマイケル・R・ローズ(1955年、カナダ生まれ)が2005年に刊行した「The Long Tomorrow: How Advances in Evolutionary Biology Can Help Us Postpone Aging」の翻訳本は、老化の研究の歴史、老化の進化論について詳細かつユニークに書かれており、超高齢社会を生き抜くために学ぶべき内容が詰まっている。

 

本の中で彼は、ショウジョウバエの寿命を延ばすことに成功した実験をもとに、老化のコントロールを人へ応用し、目指すところは、老化を先送りするために広く利用できる治療法となることを前提としている。2005年から16年たった現在の老化研究の進展を鑑みると、彼の研究を知ることの意義深さに気付くことができる。

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ちなみに、サブタイトルにある「メトセラ」とは、旧約聖書の創成期に登場する969歳まで生きたと言われる長寿者のことである。本の中では、寿命を延ばすことに成功したショウジョウバエを「メトセラ」と呼び、そのショウジョウバエたちの愛称のようになっている。また本の所々に散りばめられている、難しい言葉や話を比喩して説明する部分からは、彼のセンスを感じずにはいられず、それも科学を親しみやすくするエッセンスになっている。  

どうしてある種の動物は長生きするのに、他の種の動物は早く死んでしまうんだろう?

老化に関する本の中には動物や植物の特性と、それらの寿命を取り上げながら、老化について深めていく過程が度々登場する。これはとても分かりやすいし、生命の不思議を感じることができるため、個人的に気に入っている内容の1つである。

 

一般に鳥類は同じ大きさの哺乳類よりもはるかに長く生きる。なぜか。また、大型の動物は同じ種類の小型の動物よりも長く生きる。大型類人猿、ウシ、ゾウ、クジラは、トガリネズミ、マウス、ラット、ウサギよりも長生きする。なぜか。この事実だけでも、とても興味深い。

 

ここで、なぜ大型の動物種は長く生きるのだろうか、となる。

考えられる答えの1つには、ただ単に大きいというだけで必然に長生きになるということが考えられるようだが、ここで犬好きの人は疑問が湧くのではないだろうか。なぜなら大型犬は小型犬よりも早く死んでしまう傾向にあるからである。

さらに最大種の鳥であるダチョウは、他の全ての鳥よりも若い年齢で死んでしまうらしい。どうやら、ありのままの生理学においては「大きいことはいいこと」ではないらしい。

なぜゾウはイヌよりも長生きして、イヌはラットよりも長生きするのだろうか。これを皮切りに、話が面白くなってくる。

大型の生物は長生きの見込みが大きいため、晩年に生殖することが可能となり、そのために晩年でも自然選択の力が高水準のまま保たれる。「自然選択(natural selection)」とは、遺伝子型によって純増殖率に差異が生じることを言い、「自然選択の力(force of natural selection)」は生存確率または生産力における年齢別の変化に自然選択が及ぼす影響の強さを言う。

 

ちなみに、ハエを狭いところに閉じ込めると、あまり飛ばなくなり、広いところに移すと、たくさん飛ぶようになる。さらに羽を切り取ると、まったく飛ばなくなり、飛ばなければ飛ばないほど、ハエは長生きし、飛ぶこと自体は利益をもたらさないらしい。

そうだとすると、ヒトはどうなのだろうか。現代では、適度な運動が生活習慣病予防や健康寿命の延伸に繋がるとの報告が多くされ、運動を推進する取り組みが全国各地で行われている。しかし「老化」をテーマにしたときには運動は大した利益ではないのかもしれない。

恐らく全く違う話であるのだろうけれど、そんな疑問を抱かずにはいられない。

 

何千年も前にアリストテレスが尋ねた、どうしてある種の動物は長生きするのに、他の種の動物は早く死んでしまうんだろう?という、質問が少しずつ紐解かれていくこの章の記述は、誰かに話したくなってしまう興味深い内容である。

 

老化は果てしなく高い死の壁ではなく、死はわれわれが思っていたほど無慈悲なものではない

1990年以前に老化を研究していた科学者の大半は、老化を徐々にせり上がってくる死の壁とみなし、それが急激に加速して死亡率100%に達するのだと考えていたそうだ。そのため、ヒトの老化の先送りに関する問題は、この死の壁をどうすればより晩年に移動させることができるかであったらしいが、今もなお、そう思っている人々は一定数いるような気もする。

 

しかしそれは全くの間違いで、老化は果てしなく高い死の壁ではないらしい。加齢にともない加速してせり上がり、全員が死ぬまで高くなりつづける壁ではなく、幼年期の低い死亡率から、そのずっと後にやってくる高いけれど比較的安定した死亡率までわれわれを導く「傾斜路」であると彼は言う。

 

老化を先送りにしたり、妨げたり、緩和したりするには、果てしなく高い死の壁を押し戻す必要はなく、死亡率の傾斜路をならしたり、傾斜の頂点の高さを低くすることが必要であると。そして、これはヒトの老化の大幅な先送りに関する希望であり、そのための策を講じるのに十分な希望であると。

彼の地道な研究から導かれたこれらのメッセージの力強さには高揚感を感じずにはいられない。

 

「晩年はゴミ埋め立て地」、「多頭の怪物」が老化である

彼が気に入っている老化を表す比喩の1つが、「晩年はゴミ埋め立て地」である。

このゴミ埋め立て地というのは、若いころの生殖によって残された汚い物(動脈血栓、疲れ切った肝臓と腎臓、酷使された肺、などなど)でいっぱいだという意味らしい。

老化は人の胎芽の成長や分化とは違い、多数の進化プロセスが偶然にもたらした結果であり、真の意味では調整されていないそうだ。

さらに、遺伝子が晩年にもたらすただ単に不運な影響も老化の一因であり、アルツハイマー病の原因はこのタイプの遺伝子ガラクタの一例である可能性もあると述べている。

これらすべての問題を解決する魔法の弾丸や不老不死の霊薬などはなく、何百もの遺伝子が関わっているプロセスであることから、老化は「多頭の怪物」であると言えるようだ。

 

ショウジョウバエの老化に影響を及ぼす遺伝子の正確な数が約300から350だとすると、ヒトの遺伝子の数はショウジョウバエより少なくとも50%多い。もしすべて比例させて増やすとすると、ヒトの老化をコントロールする遺伝子は約500個あるということになるらしいから驚きだ。

そして、ヒトの老化には主幹制御手段などは存在せず、老化の問題に関する生物医学研究は、たった1個の「死の遺伝子」を探せばいいという結論にはならないだろうと。

 

これには老化の先送りに対する大きな希望をもたずにはいられない。様々なテクノロジーを手にし、またそれが常に進化している現代を思うと、「多頭の怪物」を退治することは夢物語ではなく、今まさに、私たちはその最中にいるのだと感じることができる。

 

 巻末の「参考文献についてのエッセイ」が面白い

こういった科学や研究に関する著書に決まってついているのが引用文献リストだが、この本で彼は、引用した意図を説明しながら文献を紹介し、参考資料を調べることの有益性を読者に示している。

彼曰く、ただ単に出典が示されているだけの文献リストは、その引用の具体的な関連の記述がなく、好奇心旺盛な読者にとってどれだけ有益かについても書かれていないため、いらいらさせられるらしい。

この参考文献のエッセイは、彼の頭の中を少し覗いているような感覚になり、非常に面白く、見応えがあり、かなり贅沢な巻末となっている。

  

この本を読むと、地道な実験を根気強く続けたことで進化理論を導き出した、彼の研究の道筋を知らずに、今注目を浴びている「老化」や「長生き」を語ることは少しおこがましいようにも思えてくる。

先人たちの研究と努力に敬意を払いつつ、このような老化の研究がどのような世界を創り出すのか、科学者をはじめとする専門家に限らず、1人でも多くの人が注目をすることで、老化の先送りの研究が前倒しになるのではないかと、密かに期待をしてしまう1冊である。

執筆

大西安季

 

理学療法士。筑波大学大学院人間総合科学研究群在籍。理学療法士として、就労世代から高齢者まで、幅広い世代の健康づくり・健康教育に関わっています。介護予防、疾病予防、健康寿命延伸といった取組みに特に興味があり、世の中にある沢山の情報を多くの人と共有し、より良い生活の一助となることを目指して活動中です。

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