私たちの腸には1000種以上、100兆個もの細菌が住み着いています。これらの細菌は腸内細菌と呼ばれ、100万年以上の間、ヒトと共生し続けてきました。腸内に多種多様な細菌が住み着いており、腸内細菌叢(腸内フローラとも)と呼ばれます。腸内細菌は私たちの健康に深くかかわっているいることが明らかになってきていますが、老化とともにみられる変化にはどのようなものがあるのでしょうか。今回は、2017年にイギリスの学術雑誌Microbiomeに掲載された総説論文の内容をご紹介します。

<参考文献>

Microbiome, 2017 July

Trust your gut: the gut microbiome in age-related inflammation, health, and disease.

腸内細菌と健康

腸内細菌がもつ遺伝子情報はヒトがもつ遺伝情報の150倍以上もあり、私たちの健康に影響を与える多くの代謝反応に関与していることが知られています。私たちの免疫システムの重要な構成要素のひとつであるリンパ球のうち70%が腸管に存在することからも分かるように、免疫システムのかなり多くの部分は腸内細菌の恒常性を保つ働きをしています。

腸内細菌は怪我や感染に対する炎症反応を調節するにも大変重要な働きをしていますし、食べ物やその他の口から入ってきた異物に過剰な反応をしないように免疫を抑制する働きもしています。この機構の調節不全は食物アレルギーや腸の炎症疾患発症の一因であると考えられています。さらに最近、腸の微生物の組成や密度が変化すると、腸以外の臓器における免疫や炎症が変化することが明らかになりました。

例えば、抗生物質を内服して腸の善玉細菌が減ると全身のアレルギー性炎症反応が悪化したり、インフルエンザウイルスに対する免疫反応が悪化したりすることなどが報告されています。

腸と老化

老化とともに全ての臓器の機能が低下していきますが、その腸に住む腸内細菌は老化しません。しかし歳をとると腸に関連する病気が増えますし、年齢とともに食事内容や身体活動が変化し腸内細菌に影響します。高齢者と若い人を比べると、腸内細菌の組成に変化がみられるとする研究結果があります。

さらに、腸内細菌と身体的なフレイルが関連するとする報告、腸内細菌と炎症のマーカーが相関するとする報告、腸内細菌と認知機能の低下が関連するとする報告もあります。

腸内細菌叢はなぜ変化するのか

飽和脂肪酸が多い食事や西洋風の食事により、善玉菌と呼ばれる腸内細菌の中の有益な菌が減少してしまうことが分かっています。善玉菌が減ると慢性的に免疫システムが活性化され、慢性炎症疾患の頻度が増えます。腸内細菌の変化を引き起こす代表的な要因として抗生物質の投与があります。近年、子供への抗生物質投与は減少する一方、高齢者への抗生物質投与は増加していると言われています。

また、高齢になると歯や唾液、消化機能の変化、さらに味覚や嗅覚の変化もおこり食事の指向性が変化しますが、食事内容の変化も腸内細菌の変化を引き起こします。加齢に伴う免疫システムの変化も腸内細菌の変化に影響するのではないかと考えられています。

老化と腸のバリア機能

腸の上皮のバリア機能が加齢とともに変化し、腸内細菌の変化や炎症と関連するのではないかと考えられています。リーキーガット(Leaky gut)とは腸の表面のバリア機能が低下し、本来は身体に入り込まない未消化物質、老廃物、微生物の成分、微生物由来の毒素などの異物が血管内に漏れ出す状態のことを言います。

リーキーガットにより、腸が炎症を起こして炎症性腸疾患の原因となったり、本来は身体に入り込まないはずの有害物質が体内に入り込みやすくなったりします。

有害物質は血管に入って運ばれ、生活習慣病やがん、アレルギー、パーキンソン病、うつ病、片頭痛などの発症に関与したりしていると考えられています。
リーキーガットと腸内細菌の組成には関連があると報告されています。腸上皮のバリア機能は年齢とともに低下し、それが全身の炎症マーカーの値と相関します。

ここで、腸のバリア機能が低下して細菌由来の有害物質が全身に悪影響を与えていることを示した動物実験の結果をまとめた研究論文の内容をご紹介します。この論文では、一般的な実験用マウスと、無菌状態のマウスを用いて腸内細菌と全身の炎症マーカーについて検討しています。結果を以下に簡単に述べます。

<参考文献>

Cell Host & Microbe, 2017 April

Age-associated microbial dysbiosis promotes intestinal permeability, systemic inflammation, and macrophage dysfnction.

・一般のマウスの腸の透過性は月齢とともに上がりました。つまり、腸のバリア機能は月齢とともに低下することが分かりました。また、血液中に検出される細菌の成分は高齢マウスで増えていました。

・血液中に細菌の成分が検出されない無菌マウスと一般のマウスを比較したところ、無菌マウスの方が寿命が長く、一般のマウスでは高齢になると血液中の炎症マーカーの値が上がるのに対し、無菌マウスの炎症マーカーは高齢になっても増えませんでした。

・無菌マウスに通常の若いマウスと高齢マウスから取り出した腸内細菌を移植したところ、高齢マウスの腸内細菌を移植された方が腸の透過性が高くなり、血液中の炎症マーカーの値も高くなりました。

・TNFという炎症マーカーが作られないように遺伝子改変したマウスは、高齢になっても腸の透過性が高くならず、若いマウスと高齢マウス間での腸内細菌の種類の違いが少ないことが分かりました。

・若齢と高齢の一般のマウスに抗TNF薬を投与したところ、若いマウスの腸内細菌には大きな変化はありませんでしたが、高齢のマウスの腸内細菌の内容は有意に変化しました。

 

この研究により、高齢マウスでは腸のバリア機能が低下するとともに血液中に入り込む細菌成分が増え、炎症マーカーの値が上がることが確認されました。

腸内細菌の変化は年齢とともにおこり、この変化が年齢とともに上がる全身の炎症に寄与していることが明らかになりました。また、逆に全身の炎症の状況が変化することによっても、腸内細菌が変化することがわかりました。

腸内細菌に介入するには

まだまだよくわかっていないことも多い領域ですが、腸内細菌をターゲットとして介入することで、加齢に伴う炎症や健康に良い影響をもたらすことが出来ると考えられます。例えばカロリー制限や地中海食によって腸内細菌が改善することが報告されています。また、コーヒー、レスベラトロール(ポリフェノールの一種で赤ワインに含まれる)、ケセルチン(ポリフェノールの一種で野菜に含まれる)、やその他ポリフェノール類にも腸内細菌の改善する効果があると報告されています。

同様に、運動も腸内細菌に良い影響を与えると言われています。動物実験では有酸素運動が腸内細菌に様々な良い影響を及ぼすことが報告されています。しかし、ヒトでの報告はほとんどなく、特に高齢者への運動の効果や有酸素運動以外の運動の効果についてはよく分かっていません。
プロバイオティクスは生きたまま腸に到達できるもともと腸内細菌の構成成分であり、炎症性腸疾患や高血圧治療にも有用であることが分かっていますが、この老化に対する効果も今のところ分かっていません。

さいごに

以前より腸内細菌と私たちの健康との関連が様々注目されていますが、老化の病態にも大きく関与していることが分かりました。私たちと共生する無数の細菌とそこまで影響しあいながら生きていることに驚くとともに興味深く感じます。
まだ分かっていないことも多いようですが、食生活はもちろんのこと運動習慣も腸内細菌に影響します。健康的な生活を送ることが腸内細菌と腸の老化に対しても重要であることは間違いなさそうです。

執筆

亀田 歩

 

医師・医学博士。医師免許を取得後、病院勤務を経て10年ほど前より医学研究や学生教育も並行して行っております。現在はヨーロッパに研究留学中で、日本との相違点、類似点を日々実感しながら生活中です。医学には日々新たな情報があり、それを学び続けることで今後医師としての診療がより深いものになればと思います。出来るだけわかりやすく、新たな世界を知るワクワク感を共有できれば幸いです。

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